couple_diary’s blog

海外駐在 生活3年目 と旅行が大好きな彼女 との生活!

【ネイティブ クォーターのサッカー人生】プロを夢みていた人のサッカーストーリ

<本題前のちょい話し>


スヌピ男が住んでいる町の雨と雷がすごくて
ちょいちょい停電がひどいです
そして前は、なぜか家の2階ではなく1階が雨漏れしました(笑)
どんな作りしたら、そうなるか不思議です(笑)

 

 

 

 

【スヌピ男のサッカー人生】
スヌピ男は、5歳からサッカーを始めた。
南米生まれだから小さいときは、毎日路上でサッカーをしていた。

※よく聞くよね、路上でサッカーやっていたプロサッカー選手の話。


家の前の道路にゴミ袋でゴールを作って道を封じて毎日サッカーをしていた。
そんなある日、友達に誘われて地元のクラブチームに入団をした。
友達は、2歳年上で当時7歳。スヌピ男は5歳。クラブの方針で7歳以上しか入団できなかったが、無理やりクラブチームに入団をした。(笑)


学校が忙しくなり、なかなか練習に行けず、約1年前後でやめてしまった。
その1年後日本にいくことになったけど、日本に出発する1週間前に地元の監督が僕を探しにきた。
住所とかなにもない為、どっかから仕入れた僕の写真を持ちながらいろんな人に僕の事を見たことないか、聞きながら僕の家にたどり着いた。
「わざわざ探してくれるんだ」、うれしくてまた入団したかったが日本に行くことが決まっていた為、断念しました。

その後、日本に到着し、1カ月後に地元の少年団に入団!!!当時小学2年生!!
このおかげで友達も言葉も早く覚える事ができた。

 

5年生になると地元の選考会があった、これは地元の代表となる選考会。

同年代の子供が何十人といた。

選考会は2次選考まであり、最後迄残り地元の代表となった。
その後、またエリアが広がり地域の選考会があった。3~5っの市の代表の選考会
これも2次選考迄あったが、無事に受かる事が出来た。
※市内代表よりも人が多かった。

 

5年生から6年生迄は、地域代表の肩書があった。
中学に上がる頃には、少年団から隣町の有名なクラブチームに入団。
中学生の頃は県代表の選考会があった、

これにはプロのサッカーチームの下部組織の選手もいた。
選考会は知らない人と同じチームを組んだりプレーをする。


僕の地元から僕ともう一人しか参加しておらずほとんどが下部組織の選出だった。

その為、目立つ事が出来ず選考会を落ちてしまった。
そんな中、中学に上がり再度県代表の選考会に声をかけてもらった。

この時は下部組織の選手はいなかった。
無事に受かる事ができた、地元からも県代表が3~4人ぐらい居た。
この選考会の有効期限は1年間だった。

2年生に上がる時には、また選考会が行われた。

地元の選手はみんな落ち、僕一人が残った。
中学3年生も同じだった。
基本的には僕以外の選手はみんな他の市の選手だった。

この県代表の肩書もあり、高校に上がる時には、

2っの高校からオファーを頂いていた。
一つは地元の高校・一つは大阪の高校だった。

大阪の高校は、高校に上がる1年前に野球で優勝した事でサッカ-部に回すお金が少なく特待(授業料免除)としての対応が難しかった為、地元の方に入学。

 

<ここでちょいネタ>

地元の高校との交渉は今でも忘れないが、高校の監督に授業後に中学に来てもらった。
そして、なぜか美術室で交渉する事になった。(笑)

監督は、僕の成績が悪くもなく、良くもない事から「C特」の話をしてきた。

■この高校には特待の種類が3っある。
 ・1っ目 A特:勉強ができ(内心オール5)、サッカーもできる。

  (目安で県代表以上) → 授業料全て免除、
 ・2っ目 B特:勉強は普通、サッカーもできる。

  (目安で地元代表以上)、入学金約25万免除、授業料半額免除
 ・3っ目 C特:勉強ができない、サッカーが出来る

       (目安で地元代表)、入学金25万のみ免除

 

僕はこの「C特」のオファーに対して、「うーーん(+o+)」という顔をした。

普通に考えれば、わざわざ中学まできてもらって
「うちの高校にきてください」と言われればそれだけで喜びますけどね。

 

その後、監督に交渉!!!!  ドキドキしながら僕は監督に話した。
「僕はこの地域で唯一の県代表です、

少なくともB特でなければ 声を掛けられている

他の高校に行きます!!!!!!」と焦らせてみた笑

※中学生のくせに生意気です。(笑)
※もちろん他の高校に行く予定はなかった(笑)

ドキドキしながら監督の返事を待っていると監督から
「ちょっと待ってて」と言い部屋をでて、電話で話していた。

※やべーーー、そんな事言わなきゃよかったぁと思っていた。

10分後。

 

 

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「教頭先生と相談させてもらった。B特でうちの高校に来て下さい」

はい、ラッキーーーー!!!テンション、マックス(笑)

 


その場で契約書にサインして高校に入学。
もちろん入学試験も受けた。

入学試験は、飾りの様な物でよっぽど点数が悪くなければ

受かるシステムになっている。(笑)
だから落ちる事なく、無事に合格。

 

高校1年生でもAチームとBチームに分けられた。

スヌピ男はもちろん、Aチーム!!

 

1年生の後半は、3年生の試合に少しでるようになっていた。

 

2年生になると、スタメンで3年生の試合に出ていた!!

 

3年生では、よい結果を残せずサッカーが終わった。

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その後、元日本代表の方が高校の外部コーチやって頂いていたことで、

J2のチームの練習に参加をした!

 

プロを目指していたスヌピ男からすると夢のようだった!

 

プロの方々と1週間 同じ寮に泊まり、一緒に食事をとり、一緒にプレーをした。

その結果、思った以上にプレーができた!!

 

そこの監督からも未来もある というニュアンスのことを言われた!!

但し、チームとして契約するお金がなく他のチームにあたると良いと言われた(。-_-。)

 

他のチームへの繋がりがないため、そこでサッカー人生がおわった。。。

 

でもサッカー人生最後にいい経験ができた!!

そこのチームには、外国人選手もいたし、元日本代表の選手もいた。

プロは、やはり意識が高く練習に真面目だった。

 本当に最高にいい経験ができた(*^-^*)

 

こんなサッカー人生だった♪♪

 

また、ポイントポイントで別記事に書いたりするけど、大まかとしたストーリがこれだ!!!

 

そして、これがサッカー初めてから終わりまでお世話になったスパイクたち\(^^)/

 

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 気に入ったスパイクはボロボロになるまで使っていた。

ボロボロになってもテーピングを巻いて使っていたなー。

他のスパイクもあったけど、一途すぎて(笑)

 

そんなサッカー人生だった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

それではチャオ(^^)/